ブックタイトルm23_201403200000_ebino_k_h2603
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15 Ebino City Public Relations, 2014.3挑戦が自信につながった「夢に向かって一生懸命取り組めば、夢はかなうことがわかりました」と話すのは、1月9日、神奈川県で行われた「第15回ショパン国際ピアノコンクールinアジア、アマチュアソロAB部門」で銀賞を受賞したライブピアニストの風空さん(下島内)です。ショパン国際ピアノコンクールは、全国37地区で予選が行われます。予選上位者で争われるセミファイナル(全国大会)をさらに勝ち進んだ上位入賞者が、ファイナルのアジア大会に出場できます。初出場の風空さんの銀賞受賞は快挙です。大会を終えて、風空さんは、「これからもピアノを続けていこうという自信につながりました。歳だからといってあきらめるのではなく、何かに挑戦することは大切だと思います」と話します。遠ざかるピアノとの距離風空さんは、兄の影響で3歳の時からピアノを始めました。中学2年の時、北海道から母の実家のある宮崎市へやってきました。中学、高校と数々の音楽コンクールに出場した風空さん。全国大会で入賞するほどの腕前でした。短大でもピアノを専攻し、将来の夢はピアニストになることでした。ピアノで感動を届けたい短大卒業後、ピアノ講師をしていた風空さんでしたが、24歳の結婚を境に、ピアノを弾かなくなっていきました。「離婚や両親の死、子どもの自殺など、いろいろなことを経験し、自分の存在がわからなくなりました。それから仕事(コピーライター)に没頭していきました」仕事の先々で風空さんは、弾かれていないピアノを目にします。「そんなピアノを見るたび、心が痛く、そっと弾かせてもらっていました。そういった日々が続いていました」宮崎市のデパート裏で路上ライブをしたこともあったそうです。「でも、誰も聴いてくれず、寂しさがつのるばかりでした」風空さんは、仕事の業務形態の変更を機に「少しのんびりした生活がしたい」とえびのに移住してきました。ピアノが弾ける喜び移住した冬、風空さんは、市文化センターのピアノを弾く機会がありました。「ピアノの不調を感じ、ピアノ調整のための弾き込みを手伝うことになりました」その演奏を聞いていた職員からステージコンサートの依頼を受けます。「人前でピアノを弾く以上はヘタな演奏はできません。レッスンに通うなど本格的にピアノと向き合いました。ピアノを弾ける喜びと聴衆にいい音を伝えたいという気持ちが強くなりました」毎月1回、市文化センターでのステージコンサートでは、風空さんの生演奏を聴くことができます。コンサートでは、10~15曲が演奏されます。「4月25日にステージコンサートがあります。皆さんも遊びに来てください」かぜ・そら(本名:阿部百合子)/下島内/57歳/趣味:ハーブガーデンづくり(40~50種類のハーブを育てています)Profile