ブックタイトルm21_20120514140203_shiseiyouran
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明治・大正時代の面影を色濃く残す歴史的建造物のある港町油津の街並み◎歴史・民俗・文化/古き良き時代の面影を訪ねて◎歴史・民俗・文化/古き良き時代の面影を訪ねて明治・大正時代の面影を色濃く残す歴史的建造物のある港町油津の街並み油津は、中世の頃「油之津」といいました。島津荘園内の寄郡、飫肥北郷・南郷の一部でした。島津荘領家の奈良興福寺一乗院政所が荘園を支配し、飫肥は南郷・北郷合わせて五百十余町の大きな荘園でした。また、海上交通の要衝であり、海と山の幸に恵まれた豊かな荘園でした。江戸時代は、飫肥藩の主要港として藩の船倉が置かれていました。明治、大正、昭和初期と、油津は飫肥杉を国内外へ積み出す基地として、また、マグロ、ブリなどの漁業基地としてより大きく発展しました。現在は往時の史跡や建物が多く残り、歴史の面影を色濃く残すまちとなっています。大正十一年に造られたレンガ造りの倉庫です。市民三十一人が出資して買い取り、保存に努めました。現在は市に寄附され、市民活動の場に活用されています。油津の歴史油津赤レンガ館NICHINAN 4