ブックタイトルac_cho_0019-3_takanabe
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教育と文化縫初の糸噛みきって二十代花馬酔木病みてひとりのものを煮るいつも手のつめたき人よ青嵐秋嶺はるか出せば着物のどれも派出第7編しんしんと子を恋ふ日なり萩を刈る(三七・一・一八宮崎日日〉西村は当時二九歳、新鮮な感覚が息づいている。現在東京在住である。四十七年七月、秋月種蔵、坂田三樹夫らを中心に高鍋俳句会が誕生し、佐土原の俳人山口苔石の指導を受けた。現在、蚊口浦の朝倉春子、宇都宮豊子らを中心に句会を聞き活動を続けている。宇都宮は最近宮日読者文芸賞の奨励賞を受けた。次のような句がある。桐の花仰ぐに退ることもして秋耕のときに顔あげ火山灰曇斉摘む鷺との距離を保ちつつ高鍋の出身者で、比較的早くから詩の活動を始めたのは武藤重勝で、戦後高鍋高校に勤務中は同校文芸部から機関誌「なみき」を発行、自作の詩を発表、また高鍋町歌の作詞もした。その後立教大学に勤務し、退職して郷里に帰住したが、詩や俳句を作り現在に及ぶ。詩は日本詩人クラブに所属している。現代詩の人々少年武藤重勝青若葉のころになると少年の瞳は冴えいちだんと視線は潤いをまし風景の緑のなかを泳ぐ1044少年の頬はくれないに燃えなんという賢いしぐさをして薫風にたわむれていることかそこだけがとても明るい蝉が樹々のあいだで鳴きだした少年は前方をみつめて歩くまっすぐに蝉のコーラスをしたがえて歩くどこからか瓢然とサングラスや口笛があらわれるそれらを無視して君は大胆に脇へ押しやるいま焦熱の空のもといっさいの塵や芥を脱ぎすててかがやくプールの台にうち立つしなやかな若鮎の君のからだよ君の視線はあくまで澄んでいるそれが虹を架け