ブックタイトルac_cho_0017-2_takanabe
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記事に次のように当時のことを述べている。昭和十二年十二月、宮崎県振興の目的を以て、県下全般に祖国振興隊を結成し、勤労倍加を普及徹底することとなった。本校でも十二月二十二日、宮崎神宮に祭った振興隊旗を押し立て高鍋高等女学校祖国振興隊結成式を挙げ、各学年を班と呼び、各班を四j五小班に分け、班に班長、副班長、小班長を置いた。作業は、当初はω運動場の整備ω校内空地の利用ω神社・道路の清掃帥軍需品の縫製のような作業であったが次第に強化せられ、運動場の南に隣接する山林三反二O歩の開墾、農繁期の保育所の開設、稲刈麦蒔甘藷の収穫等教育と文化第7繍農家の援助をする作業になった。高鍋中学校、高鍋農学校では十二月二十三日に祖国振興隊結成ならびに隊旗奉戴式を挙行した(宮崎新聞〉。祖国振興隊の作業(高鍋高女)祖国振興隊は「宏遠なる肇国創業の大精神に生くる我ら日向の青年は、一意県政の振起を志し蕊に祖国振興隊を結成し、資源の開発愛護につとめ、以て勤労倍加の先駆たらんとす」る趣旨のもとにつくられ、信条は次のとおりであった信条一、我等ハ皇祖発祥ノ聖地一一生マレ天業翼賛ノ皇民ノ育タル一一感激ス一、我等ハ尽忠報国ノ精神一一満チ義勇奉公ノ赤誠ニ…燃ユ一、我等ハ勤労ヲ倍加シ誓ッテ祖国振興ノ柱石タラン祖国振興隊の隊旗は宮崎神宮に奉納したものを統監(知事)から授与した。白地に三本の黒線、その下に日の丸を描き、三本線は神代三代を表していた。小学校の祖国振興隊は高等科一・二年の小学校隊と尋常科五・六年の少年隊に分けて結成され、日曜、祭日、休暇を利用して勤労作業に従った920町内各学校の祖国振興隊は学校長を先頭に、振興隊旗を掲げ、集合、勤労奉仕作業現場までの行進などすべて秩序整然と行われた。作業開始に先だって宮城を遥拝し、祖国振興隊の歌を斉唱した。この歌は隊員の志気を鼓舞するために県民から歌詞を募集、昭和十四年三月十六日入選の発表があった。当時宮崎はるか小学校訓導であった桑原杏の作で陸軍軍楽隊によって作曲され、波岡惣一郎、四家文子らの有名歌手によりビクタlレコードにも吹き込まれた。祖国振興隊の活動祖国振興隊の歌作作曲詞桑原杏陸軍軍楽隊一、名も高千穂の神風に振興隊旗騨かして流汗淋滴無一言行聴けや大地の鍬の音見よ振興に燃ゆる意気これぞ祖国の力なり二、旭直射す野に山に朗訴の声響く時