ブックタイトルac_cho_0017-2_takanabe
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学校教育第1章に次のように情況を述べている。「児湯郡中学校問題県立児湯中学校設置の件は全郡一致して昨年申請したる所にて県当局の意向も其位置に就ては略窺知するを得たる次第なるが為めに西部各村は連盟して西部に設置せん事を希望し過般東部各町村の有志を歴訪する等運動漸く激烈となりたるを以て郡東部に於ても種々なる理由に頼り殊に高鍋は旧領主秋月家歴代の教育に尽されたる結果県下回藩中比較的多くの名士を出したる地にして将来に於ても高鍋は教育地として好適地と認め又東部他町村に在ても異議なき所なれば先第一着に高鍋上江両町村に於て速成同盟会を組織する事となり過日会員募集中なりしが三月二十六日間会の創立総会を大福座に於て開会せり」以下略)。当日の総会は会場の大福座に東部各町村から七、八百名が参集、山名勝重医師を議長に選び議事を進行した。河野寅次郎、久保昌業、武末隆一、河野喜市らから賛成演説があり終始割れるような拍手が沸いて大いに気勢を上げた。最後に宣言決議、万歳を三唱して会を終了した。この日配付された中学建設速成同盟会の趣意書を次に掲げる。県立中学校建設速成同盟会主意書人文ノ発達ハ人材ノ養成ニアリ、人材ノ養成ハ教育機関ノ完備一一待ッ。我高鍋上江方面ニ中学校建設ノ議ガ夙ニ吾人有志間ニ唱道セラレタルモ亦此理由ニ外ナラズ。時ナル哉、昨年秋冬ノ交、我児湯郡町村長会ニ於テ本郡内ニ中学校建設ノ必要ナルコトヲ決シ郡会ニ於テモ同様ノ決議ヲ為シ、両者相尋デ之ヲ県当局こ果請セルニ当局モ亦木議ヲ是認セラレタリ。而シテ上下穂北方面一一アリテハ、同方面ニ建設セラレンコトヲ期シッ、ァルモノ、如シ。然レドモ吾人人類-一先天的智能アルカ如ク地方亦特殊ノ遺伝性ヲ有スルモノト謂フコ901「中学校設立決議児湯郡中学校設置問題は八月二十四日高鍋上江両町村有志会を高鍋町役場に聞き、東部各町村長も亦出席各自町村の意見を鷲らし互に協議を遂げたる結果、今後宮崎中学の収容力を増大すれば新設の要無かるべしとの意見を有する向もありたるも結局此の際中学校設立の必要なるは焦眉の問題にして今更喋々する迄も無き事なれば郡一致の態度を以て成立の申請を為す事に決し、其の位置に就ては最初郡西部より交渉ありたる関係上、西部に設置する事を承諾すべしとの説ありたるも、該案は慎重調査の上決定すべきものなれば此の際当局をして適当の位置を指定せしむる事が最も公平なるべしとの意見に一致」右で分かるように児湯郡内に中学校を設立することについては東部西部ともに異論はなく、郡内の一致した意見として中学校設立を県に請願した。その位置については「当局をして適当の位置を指定せしむる」のが公平と考えたのであった。かくして中学設立をめぐる激烈な争奪運動に追い込まれるに至った。高鍋郷友会報告第四八号(大正十一年六月)