ブックタイトルac_cho_0017-2_takanabe
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教育と文化日教組の対立については前にも触れたが、町内各学校で教組の統一行動のたびに、児童生徒に影響があった。「三ト教師」(アルバイト、プレゼント、リベート)という言葉が使用されたが、「ストライキ」を加えて「四ト教師」とも呼んだ。学校教師の在り方やひいて学校の在り方が問われ、学校の正常化を求める声も強くなった。教頭職の法制化、主任制の導入、教員人材確保法の成立を経て町内の学校はしだいに落ち着きを取り戻したが、青少年を取り巻く社会環境は必ずしも良好とは言えなかった。「物豊かに心貧し」といった世相を反映して、児童生徒(青少年〉の非行が増加し、その低年齢化を助長した。第7編登校拒否、家庭や校内での暴力、いじめなど全国共通の問題は量質の差はあっても、町内の親や教師はもちろん町民にとって大きな課題となっている。教育に熱心な町民は競って高校大学にその子弟を進学させる。進学競争が過熱化し、進学塾が繁盛する反面、児童生徒の体力や体能の低下が指摘される。肥満児、近視、虫歯の増加など健康をめぐる問題点も少な、、、。くなし親子の聞の温かい触れ合いの不足、しつけや社会道徳、テレビの利用と功罪など親や教師の悩みは際限がない。また中学校の完全給食の実現、通学区域の再検討、学校規模の問題など解決を迫られている課題がある。こうした情況の中で、町内各学校は明倫堂以来の教育の伝統を基盤に、石井十次の人間愛の精神を尊重しながら、教育の徹底を目指して前進を続けている。「文教の町」と呼ばれ、それを誇りともしてきた高鍋町にとって、教育の発展と人材の養成こそは「明倫堂の精神」とともに、変わることのない課題である。四各学校の沿革952高鍋東小学校明治犯・叩高鍋尋常小学校、北高鍋菖蒲池に新校舎の位置決まる。qu-f、,学校図書館を設ける。U-9・5式。新校舎落成開校高鍋東小学校高鍋上江高等小学校組合を解き高鍋尋常小学校に高等科を併置、女子補習科を付設、高鍋尋常高等小学校となる。Q-叩・加増築校舎落成式。必・3・お補習科廃止。4-m同校内に高鍋町立実科高等女学校開校。大正5・2・mm児童主体徹底本位の教育を県下に公開。H U・3no-?高鍋実業補習学校' F設。日・3 -m蚊口の浜にて初めて林間学校実施。高鍋報国少年団結図式。高鍋青年訓練所併置。叩・7勾4・1i昭和qL-d生・必生3・1・nd守-n,u・nU唱i唱Eム噌EA、》勺'QU't1414日米親諮問使節のアメリカ人形到着、歓迎会。県指定初等教育研究学校の実績公開、来会者三五O名。大福座にて夜間、音楽発表会。県主催郷土教育資料展覧会、郷土教育研究会。このとし衛生室を設け学校看護婦を置く。