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概要

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五日制であった。三十二年一月十八、十九両日、本町で開催の第四回宮崎県学校保健大会の第二日目は西小を会場に学校給食を主題にした研究会であったが、給食開始後、日のなお浅い同校でありながら、施設、指導の取り組み方は四OO名の参観者に大きな反響を呼び好評を博した。中学校の給食はコ一十二年十一月から両中学同時にミルク給食を実施し、今日に及んでいる。完全給食の実施を要望する意見も、町議会に何回も出たが未解決のままである。調理婦は当初PTA雇で身分、待遇に問題があり三十八年四月町職員に位置づけられ、調理師と改められた。東小では三十五年、PTAで給食事務員を雇用したが、西小でも三十六年六月から同じ処置を講じた。後に高鍋町学校給食会が設立され、給食事務はすべて同会に移り、ここに事務職員が置かれ、両小PTA雇は姿を消した。学校教育第1章'庫高鍋東小給食調理室四十二年九月から、国内牛乳生産量の増加に伴い、脱脂粉乳に代わって生牛乳が導入された。五十一年度には学校給食に米飯が加わり、文部省も週二回の米飯給食を勧め、本町でもこれを実施するに至った。給食調理室の老朽化に伴って改築を迫られていたが、五十四年=一月、東小調理室が新たに完成、続いて西小調理室も五十六年二月に完成した。学校給食に欠くことのできない栄養職員については、木町は栄養土の有資格者を町教委に置いて町内各小中学校の栄養指導に万全を期してきたが、四十九年度から栄養職員が県教委任命に改められ、東小に配置となり、町教委所属の栄養士は姿を消した。五十二、五十三両年度にかけて、西小学校は県教委指定の学校給食指導研究に取り組み、その成果を五十三年十一月二十二日の研究公開で発表し、参観者に大きな指針となった。翌年十一月一日、同校は学校給食優良校として文部省から表彰を受けた。町内の両高校について校舎をはじめ施設設備が年を追うて整備されたことは既に記した。国力が復興し経済の成長期を迎えると、高校への進学率も上昇し昭和四十六年には八五%に達し特に女子の進学率が男子を上回るようになった。県内の高校は学級数が増し、コースも多様化していった。高鍋高校に商業科(一学級、定員五O名〉が設置されたのは二十八年高等教育の発展三月である。四十年四月からは一学級増加したが、翌四十一年からは商業科の募集が停止となり、商業科は設置以来一O年余をもって姿を消した。当時町民の間に商業科の存続を要望する声もあったが、ついに廃止となった。商業科廃止に代わって普通科が一学級増加となった。現在同校は全日制普通科・家政科を置き定員は前者が四O五名、後者は八O名である。小中学校の学習指導要領が社会の要請や過去の実践を踏まえて改訂されると、おのずから高校教育に波及し数次にわたる改訂があった。そうした中で特に進学のため学力の向上充実を目指す学習指導の在り方に多くの努力が払われた。その結果学力競争の激化、青少年非行の増加、教師と生徒の人間的な接触の希薄化などが全国的な社会問題となった中で、高鍋高校は終始明倫堂以来の文教重視の伝統を踏まえ、人材の育成949