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概要

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されていた。しかし交渉を要求する教組に対し、教育事務所長が固くこれを拒否したため、分科会は流会となった。翌日も騒然とした中で分科会があり、交渉も実現し、正午過ぎ講習会は終了した。文部省で教育課程に関する方策の樹立、学習指導改善に役立てる資料とすることを目的として実施した学力調査は、昭和三十一年度から始められた。三十六年から四年間は、国・公・私立のすべての中学校の第二・三学年を対象とするしっ皆調査を行った。学力調査は四十一年を最後に打ち切られたが、毎年、学力調査に反対する教職員組合の抗議行動が行われ、本町においても学校や教育委員会との聞に対立があった。国による教育の統制や教員の評価につながるとして教職員組合は組織的な反対運動を続けたが、基礎学力の向上に好影響を及ぼす反面、学力競争をあおる結果を招来し学力調査の中止を望む声も高まっていった。学習指導に欠くことのできないものの一つに教科書がある。昭和二十四年度から使用する教科書について検定が開始され、教科用図書検定基準も定められた。二十六年三月には新入学児童への国語、算数教科書の無償給与が決定した。しかし財政難のためわずか二年で中止された。そ学校教育の後、三十八年「義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律」が制定され、以後年次計画をもって進行し、四十四年、小中学校全体について教科書の無償給与が実現した。教科書の編集は、民間の教科書出版社が専門家や実際家を委嘱して行第1章っている。教科書原稿は文部省の検定を経て、教科書見本となり各地の教科書展示会に出品される。本町の最初の教科書展示会は昭和二十三年八月二十五日から三十一日までの七日間、東小、東中を会場として聞かれた。しかしこのと、きは戦後日も浅く、文部省著作本が大部分を占めた。その後年々検定教科書も増し、質も向上していった。三十一年には、全国的に各地域単位に「教科書センター」が設けられ、児湯地区では東小内に置かれた。展示会の短期間では多くの教科書を細部にわたって調査することが困難なので常時、教科書の研究ができるように配慮したのである。教科書の採択は地方教育委員会の権限になっているが、同じ地域の学校が各校異なった教科書を使用することには、教師、保護者の聞に問題があり、児湯地域内はなるべく同一教科書を採択するよう配慮も加えられて今日に及んでいる。しかし教科書の検定や採択をめぐって、園、県などの在り方を批判したり、公正な採択を要求する団体などの聞に抗議や裁判問題が起こったりした。こうした中で、この三十年の聞に教科書は、内容、分量、表記、造本など格段の進歩を示した。学習指導に必要な教材・教具については二十八年四月、義務教育費国庫負担法が施行され、国庫から経費の一部が支出されることとなった。三十三年度からは教材費の国庫負担率が一部から二分の一に増額となった。二十九年四月からは「理科教育振興法」「学校図書館法」が施行され、理科教育の設備や学校図書館の図書および設備の国庫負担が実現した。これらはその後何回か改訂を経て今日に至り、町教育予算重視とも相まって、教材・教具の整備を実現し併せて父母の負担軽減にも役立つた。本町総合計画(第三期)の中で教材・教具などの整備につき次のように述べている。「学習指導要領に基づく教育を実施するうえで、基幹的必要教材としての一般教材は、国の教材基準品目の大幅な改正により、新たな充足計画をたて、昭和五十四年度から新規準品目の充足を図る。理科教材については、小学校六七・九%、中学校五五・一%、産業教育教材は五七・七%の充足率であり、今後更に教材全般の充足を図らねばならないよ947