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概要

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教育と文化新設の諸学校南九州大学の開学第7編造園、農産物流通などの部門に進出する高度な専門知識を有する人材を養成し好評をもって迎えられている。同大学の学生活動の一つ「みどり南九州大学会」は高鍋町と一体となって花いっぱい運動、緑化運動、緑の垣根運動を展開、町民に親しまれており、生垣男定の無料奉仕、苗木頒布会などは町民の生活の中に定着している。また同大学戸田義宏助教授が町の委嘱でまとめた「高鍋の自然」は小冊子ながら、この分野のものでは初めての貴重な資料である。938高鍋町大字持田、旧軍馬補充部跡に、宮崎県農業大学校がある。昭和四十七年四月の発足であるが、それまでに長い農業教育の歴史をもっている。昭和十年(一九三五)一月に宮崎県茶旧原農民道場が開設され、農村の更生計画を徹底させるため、郷土振興に挺身する農民の指導訓練を始めた。終戦後の二十一年四月、茶旧原から旧高鍋軍馬補充部跡に移転、宮崎県開拓増産修練農場と改称された。二十四年には宮崎県経営伝習農場となった。なおこの年六月には天皇の御巡幸もあった。三十五年には宮崎県農業大学校岡山農場内に宮崎県青年の家が併設された。三十七年四月経営伝習農場を廃止、宮崎県高等営農研修所を設置する。同時にSAP運動が発足し、同年五月には皇太子御夫妻がおいでになった。私にはここで第一回のSAP大会が聞かれた。研修所の本館および機械営農研修館も完成し施設の整備も進んだ。その後も三十九年の宮崎県生活技術研修館、四十四年宮崎県農業大学校の宮崎県農業専修学園本館とプール、四十六年の体育館などが加わり施設は充実し研修の実績も上がった。こうして四十七年四月、宮崎県農業大学校が発足、経営学部ならびに専修科に改組された。これは高等営農研修所、農業講習所、蚕業講習所、総合農業試験場練習生制度を改組し、高卒者を主体とした農業経営南高鍋ひばりが丘に学校法人南九州大学がある。昭和四十二年二月七日同大学、園芸学部設置の認可があり、園芸学科、造園学科各定員五O名として同年四月間学した。五十一年三月には定員五O名の農業経済学科の増設が認可された。四年制の同大学は学生定員六OO名であるが、八OO名を超える学生が北は北海道南は沖縄に至る全国各地から集まって学んでいる。これは同大学が全国的にも数少ない園芸学部という特色に支えられ、園芸学科(園芸学コlス・観賞園芸学コlス)造園学科(造園学コlス・緑地工学コlス〉農業経済学科を通して新しい地域eつくりに貢献するよう配慮されていることに基づくものと考えられる。したがって卒業後は国芸、