ブックタイトルac_cho_0014-3_takanabe
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{勺現第6編明戸川",~:..;..'r高鍋商工会館預入金」が公布され、旧円貯:金は封鎖、新円発行切り替え即日施行、五百円生活始まるという、経済界の緊急事態に対処したのであった。高鍋町内のみならず、富田・木城・川南・都農・羊一〈々津の各町村の協力のもとに、中小企業者の企業問題全般にわたり、相談に応じ指導に当たったのである(高鍋町商工名鑑〉。翌二十三年五月二十三日大LKi\字北高鍋一、三四九番地に事務所を移転し、二十四年(一九四九)六月一日、中小企業等協同組合法が制定され、翌二十五年一月、商工会議所内に中小企業相談所を設置し、中小企業組織化促進と金融あっせんを図るようになった。三十四年(一九五九〉十月二日、市町村合併により、高鍋商工会議所の地区を高鍋町・新富町・木城町・川南町・都品町の区域に変更され、更に三十五年十月十三日、商工会議所法組織変更により、高鍋商工会議所の地区は高鍋町の区域として認可され現在に至っている。三十五年政府が打ち出した所得倍増政策の結果、経済の高度成長を見るに至ったのであるが、このような経済成長は、中小企業の発展を支えるとともに、経済の著しい質的変化をもたらした。大企業と中小企業との聞に、生産性・企業所得・労働賃金などの著しい格差を生じ、他方貿易自由化・技術革新・生活様式の変化など、中小企業の経済的・社会的存立基盤を大きく変化させた。商工会議所は創立以来三十有余年、経済界のめまぐるしい変遷の中にあって、本町商工業の中心的指導機関として、産業経済の振興のために尽くしてきた。町内中小企業者自体の高度成長から安定成長へと、厳しい環境の中においての企業の近代化・合理化の努力も実に大きかったと言える(高鍋町商工名鍛〉。728この間、会議所は三十一年三月事務所を北高鍋三七五番地に移したが、四十七年十月二十七日大字北高鍋二O一l一番地に商工会館を新築移転して現在に至っている。高鍋町商工業今日の隆昌は、商工会議所と地区内商工業者の共同社会を基盤とした、総合的な改善発達と福祉増進の尽力の結果である。なお高鍋には五番店会がある。以前の専門店会と大店会が合併して、三十二年七月一日協同組合を結成したものである。始め商工会議所跡に事務所を構えていたが、三十五年十二月、旧電報電話局舎跡に移転、四十二年二月店舗兼事務所を新築した。組合員の物品共同購入、信用販売のあっせん、資金貸付、債務保証など、組合員の福利厚生事業を行っている(五香店会資料)。四十五年(一九七O)以来、最近一0か年の本町商業の進展ぶりを第別表に見るに、商店数においては一般卸売業と自動車・自転車などの小売業とが著しい成長をみせ、販売額においてもそれぞれ約四・五倍の成長、町内販売総額においては約三・六倍の伸びを見せている。更に町内商店を第悶表のように、町・小丸地区・十号線沿い地区・蚊口地区・そのほかの地区の四地区に分けて考察するに、総数においては商業の概況昔から商業の町として聞けていた町・小丸地区が全体の六四%を占めて