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概要

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高鍋城と高鍋の地名序章μし呉川? ', I~ーへかーレJ }岩坂門図二の丸門担の丸大手門一'/,4円勺凶(, :mrs:::;; . : ;d国秋月三郎とのへ今度御恩地として日向の国高鍋滅仰せ付けられ候条、同じくそのおわ廻り明き所分の事、あてがわれ畢んぬ、但し知行方目録は中納言(秀長)より之を請け取り、全く領知せしむ、今より以後忠功を抽きんずべきの由候也。堀天正十五(年〉七月三日(秀吉朱印)秋月三郎(種長〉とのへ(秋月家文書)高鍋城略図(慶応、二年破損之覚による〉たからベこの地域は、古来「財部」と呼ばれてきたのであるが、右の朱印状には「財部城」でなく、「高鍋城」と書かれている。知行方目録は翌年八月五日に与えられているが「三百町新納院云々」と記されていて「財部」とも「高鍋」とも記されていない(口絵参照〉。「知行宛行朱印状」は秀吉が祐筆に命じて書かせ秀吉の朱印を押した最も権威のある公文書である。殊に文中に「知行方自録は中納言より之を請取れ」という中納言は、九州平定のとき、新納院高城や財部城攻略の責任者羽柴秀長であって、高鍋近郷を現実に馳駆している人である。「財部城」を「高鍋城」と書いたのにはそれなりの根拠があったに違いなし第1図(稲荷)のイナリとなり、ツヌガ(角鹿、後、敦賀)のツルガとなるが如し。けだし、タカナベはえんタカラベの転誌ならん」と言っている。このことを更に敷街すると、日本語の音韻には、ラ行音はナ行音に変わりゃすいという特質がある。前記以外の例も加えて示すと次のとおりである。「古事記建比良鳥命戸日本書紀武夷鳥命日向国史に「国音ナ行ラ行相通ず。イナニたけひ@どりのみことたけひ8どりのみこと1371